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山形地方裁判所 昭和33年(ワ)288号 判決 1963年5月01日

原告 和田右近

右訴訟代理人弁護士 鈴木右平

被告 佐藤菊雄

被告 大泉竹松

被告等訴訟代理人弁護士 皆川泉

主文

被告等は原告に対し連帯して金五万円及び之に対する昭和三十三年七月十一日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は之を二分し、その一を被告等の連帯負担とし、その一を原告の負担とする。

この判決は、原告に於て金一万円の担保を供するときはその勝訴部分に限り仮に執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は、被告等は原告に対し連帯して金十万円及び之に対する訴状送達の翌日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の連帯負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、山形県西村山郡西川町大字水沢千五百五十五番、通称テツボウナシ、一山林五反六畝歩、同上字黒森千五百五十九番の一、通称狐穴、一山林八畝歩の二筆の山林(以下、単に本件山林)は現在西川町所有の土地である。

二、原告は、本件山林を西川町所有以前の水沢区有時代より之を借受け、杉立木を植栽して今日に及んでいるものである。

三、ところが、右の如く本件山林が原告の借入地であり、且つ右土地には原告の植栽する杉立木が存在することが明白であるのに拘らず、被告等は原告の右借地権を奪取する目的を以つて、昭和二十八年十一月九日山形地方裁判所に対し、本件山林に原告の立入を禁止する旨の仮処分命令を申請し、同年十一月十一日右趣旨の仮処分命令を得た上、その頃該命令を執行した。その結果原告は本件山林に立入して杉立木の管理手入を行うことが不可能となつた。

四、その後原告からの申請により、山形地方裁判所は昭和三十二年十二月二十三日右仮処分命令取消の判決をなし、該判決は昭和三十三年一月確定するに至つた。

五、以上の次第であつて、被告等は無権限なるのに拘らず原告の借地に立入禁止の仮処分を執行し、それが後日取消されたのであるから、被告等の右行為は、故意又は過失に因つて他人の権利を侵害したときに該当し、原告に対して不法行為を構成するものと言わねばならない。

六、而して、被告等の右不法行為に因り、原告の蒙つた損害は次の通りである。

(一)  原告は、被告等の仮処分執行により、昭和二十八年十一月十一日より昭和三十二年一月迄約四年二ヶ月間借入地に立入ることが出来ず、従つてその間原告の植栽する杉立木の手入管理を妨げられたのである。そして、本件山林に原告が植栽する杉立木は合計約三千百本であり、四年二ヶ月の間、原告が之に対する善良適切なる管理を行うことが出来なかつたことに因り杉立木の成育が阻害された損害は、一本につき金二十円を下らないから、全体では金六万二千円と算定されるが、本訴に於ては内金四万円のみを請求する。

(二)  原告は、被告等のなした違法な仮処分を排除する訴訟のため弁護士費用として金一万円を支出した。

(三)  以上は、被告等の違法な仮処分に因る物質的な損害であるが原告の蒙つた精神的な損害もまた甚大である。即ち、原告の家は古来より代々部落の長を勤めて来た家柄であるところ、突如裁判所により立入禁止の仮処分の執行を受けたのであるから、その不名誉は容易に回復さるべくもなく、又部落会長である被告佐藤、部落総代である被告大泉が、部落民を総出動させて本件山林の下刈を行うのを黙視せざるを得なかつた苦痛、村八分の如き形勢に追いやられた苦悩、更に、四年以上もの間愛情を以つて植栽した杉立木を放任せねばならなかつた苦しみ等を併せれば、原告の精神的損害に対しては金五万円を以つて慰藉されるのが相当である。

七、よつて、被告等に対し連帯して合計金十万円の損害賠償及び之に対する遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ次第である。

と陳述し、立証として≪省略≫

被告等訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、請求の原因第一項は認める、同第二項は否認する、同第三項は、被告等が原告主張の立入禁止の仮処分命令を得て之を執行したことは認めるが、その余の事実を否認する、同第五、六項は何れも之を否認する、原告は、仮処分により適切なる立木の手入を妨げられたために立木の成長が阻止されたことにより金四万円以上の損害を生じたと主張するが、その損害の発生原因及び損害額は何れも極めて不確実なもので、棄却さるべきである、又、原告は精神的苦痛と応訴費用とを損害として計上しているが、訴訟による損害は訴訟法に規定された訴訟費用の範囲に限られるべきであるから、それ以外の損害につき被告等に賠償の責任はあり得ない、何れの点よりするも、損害の発生及び損害額の主張は失当である、と陳述し、甲第四号証の成立は不知、爾余の甲号証の成立を認めると述べた。

理由

一、請求の原因第一項の事実及び同第三項の内、被告等が原告主張の立入禁止の仮処分命令を得て之を執行した事実は、何れも各当事者間に争がなく、請求の原因第四項の事実は、被告等の明らかに争わないところであるから之を自白したものと看做す。

二、よつて案ずるに、成立に争なき甲第一乃至第三号証≪中略≫を綜合すると、本件山林の所有権がもと水沢区に属した時代の明治三十八年頃、原告の亡父が、本件山林中狐穴の分につき訴外木村太内、同木村太巻、同木村何太郎等より、又、明治四十五年頃本件山林中テツボウナシの分につき訴外木村登能茂、同大泉右京、同木村太膳等より夫々立木の所有を目的とする借地権を譲受け、その後原告が右借地権を承継して本件山林内に杉立木を植栽してきたものであるところ、被告等のなした本件仮処分執行により、原告は昭和二十八年十一月十一日頃より昭和三十二年一月頃迄の間本件山林に立入ることを禁止され、そのため原告は、右の期間本件山林内の自己所有の杉立木に対して手入管理を行うことが出来なかつたこと及び被告等のなした仮処分は、昭和三十二年十二月二十三日山形地方裁判所により民事訴訟法第七百四十六条、第七百五十六条の規定による本案の起訴命令に違背したことを理由に、判決を以つて取消されたことが夫々認められ、他に之に反する証拠は存在しない。

三、そこで先ず、原告主張の不法行為の成否について判断するに、右の事実によれば、被告等は、昭和二十八年十一月九日山形地方裁判所に対し本件山林に原告の立入を禁止する旨の仮処分命令を申請し、同年十一月十一日右趣旨の仮処分命令を得た上その頃該命令を執行したが、その後原告の申請により、同裁判所は昭和三十二年十二月二十三日民事訴訟法第七百四十六条、第七百五十六条の規定による本案の起訴命令に違背したことを理由に、右仮処分命令を取消す旨の判決を言渡し、該判決は昭和三十三年一月頃確定するに至つたのであるから、被告等は、当初より仮処分の前提要件たる被保全請求権が欠如しているのに拘らず本件仮処分命令を申請し、因つて得たる命令の執行に必要なる行為を敢てなしたものと認めるに外なく、従つて、右仮処分の執行に違法性を認むべきは当然のことと言わねばならない。而して、一般に仮処分は、口頭弁論を経ずに一応の疎明だけに基いてなされており、又実体上の請求権の存否の確定を本案訴訟に譲り乍ら、債権者の責任に於て権利の保全を図り、且つ相手方の受忍によつて自己の利益を得るところの、簡易、迅速、暫定的にして然も強力な措置なのであるから、後に権利がないとされた以上、原則として債権者に過失があると推定するのが相当である。但し、債権者側に、実体上権利が有ると確信し、その確信を得るについて相手の理由が有る場合には右の推定は覆えされるべきであるけれども、本件に於ては、被告等にそのような事実が存在したことにつき何等の主張立証もないので、被告等は本件の違法な仮処分の執行につき過失が有つたものと認めざるを得ない。原告は更に、本件の違法な仮処分の執行が被告等の故意に基くものである旨主張するが、之を認めるに足る証拠は存在しない。そうだとすると、本件仮処分の執行は、被告等の過失に基く違法な行為と言わねばならないところ、その違法行為に基く損害賠償責任の性質につき、之を訴訟法上又は実体法上の特別責任と解すべき根拠のない現行法の下に於ては、原告主張の通り之を民法上の不法行為責任に属すると解するのが相当である。

四、然らば、違法なる仮処分の執行に因り、仮処分債務者に損害を発生せしめ、且つその損害と執行々為との間に相当因果関係の存する以上は、損害が財産上のものであると精神上のものであるとを問わず、仮処分債権者に於て之が賠償の責に任ずべきは言を俟たないところと言うべく、従つて、被告等主張の、仮処分債務者が違法な仮処分排除のために提起した訴訟の費用中、民事訴訟費用法及び民事訴訟印に紙法よる費用が、賠償の範囲内にあることは勿論のことであつて、それのみに止まるべきでないこと今更多言を要しない。そこで進んで原告主張の各損害について判断を進めるに、

(一)  原告は先ず、本件仮処分によりその所有に係る立木の成育が阻害された損害として金四万円を請求している。なる程、約四年の間杉立木に対する手入管理が放任された場合と、之に対し適切なる手入管理が施された場合とでは、立木の成育に差異を生ずることが有るのは、特段の立証を待つ迄もなく経験則上明らかな事柄と言うべく、その結果、本件仮処分が原告に損害を生ぜしめたことが明白であると言わねばならないが、然し乍ら原告の全立証に照しても、原告が本件山林内に如何程の杉立木を所有するのか、又、原告の杉立木に対し手入管理を施した場合とそうでない場合とでは、年間に樹木の成育に如何程の差異を生じ、それが金銭に見積ると幾何に算定されるべきかについて適確な証拠が全く存在しないので、原告主張の右損害は、損害額につき立証がなく且つ算定不能と言うべきであり、棄却を免かれないものである。

(二)  原告は次に、本件仮処分を排除する訴訟に要した弁護士費用として金一万円の賠償を請求しているので案ずるに、原告本人尋問の結果により成立を認め得る甲第四号証及び同本人尋問の結果によると、原告は、本件仮処分取消訴訟の提起を弁護士鈴木右平に委任し、昭和三十二年十一月十日同弁護士に対し事件の手数料及び調査費として金一万円を支払つていることが認められ、他に之に反する証拠はない。ところで、不法行為に基く損害賠償として弁護士に対する報酬又は手数料の支払を請求し得るか否かに就いては、(イ)不法行為が訴訟である場合、如何なる要件のもとに不法行為たる訴訟が認められるか、(ロ)訴訟費用に関する訴訟法との関係はどうか、(ハ)弁護士強制主義を執らない我民訴法との関係は如何に説明されるべきか、(ニ)そして、弁護士報酬は一般的に如何なる範囲迄賠償せしむべきか、等の諸点に於て極めて困難な問題を含んでおり、従来より種々の解釈が行われているところであるが、本件の如く、違法と認められる仮処分の取消を求めるために要した弁護士費用は、不法行為の直接の結果であり、言わば建物損壊の場合に損壊された建物の価額にまさしく該当する訳であるから、他の類型の場合はともかくとして本件に於ける弁護士費用が、不法行為法に言う「損害」に当ることについては疑問の余地がないと言うべきである。そして、我民訴法は弁護士強制主義を執つていないけれども、訴訟に於て完全に攻撃防禦の方法を尽し、自己の利益を充分擁護するためには、弁護士に委任するのでなければ困難な場合が多く、実際に於ても、訴訟の当事者が自から訴訟行為を行うことが少く、弁護士を代理人として訴訟を遂行させるのを通常としていることを考えると、不法な仮処分に対し止むを得ず応訴した場合の弁護士費用は、不法行為により通常生ずべき損害であると解されるところ、本件に於ては、すべての訴訟資料を仔細に検討しても右の説示を覆えすに足るものが存在しないので、原告主張の弁護士費用と本件仮処分との間に、相当因果関係の存在を肯定すべきである。尤もその範囲は、事件の難易、訴訟物の価格、その他諸般の具体的事情を考慮し、当該事件の処理に対する報酬及び手数料として相当なる金額を量定して之を決すべく、必ずしも常に現実に支払つた金員の全額に及ばないと解すべきであるが、以上の諸点を本件について仔細に検討し、且つ原告の支払つた弁護士費用が事件の手数料及び調査費である点を併せ考えれば、山形県弁護士会所定の報酬規定を斟酌したり或いは鑑定制度を利用したりする迄もなく、原告の支出した費用の全部が、賠償請求をなし得る範囲内に属するものと認めるのを相当とする。従つて、原告の右請求は正当として之を認容しなければならない。

(三)  原告は更に、金五万円の慰藉料を請求するので検討するに、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると、原告は、本件仮処分のために約四年以上の間、愛情をこめて育成して来た自己所有の杉立木に一指をも触れることが出来ず、又、明治三十八年乃至明治四十五年以降亡父の代より自己に借地権が有ると信じて疑わなかつた本件山林に、突然立入禁止の仮処分を執行されて深刻な精神的打撃を受けた許りでなく、居住部落内に於ける名誉を甚しく失堕し、相当甚大なる精神的痛苦を蒙つたことが認定され、他に之に反する証拠は存在しない。尤も、起訴命令の期間徒過を理由とする本件仮処分取消判決を得るために四年以上の日時を費していることは、原告の権利恢復に通常要すべき期間として些か長きに失するきらいがない訳ではない。以上の諸点を綜合して判断すれば、原告の蒙つた精神的苦痛に対しては金四万円を以つて慰藉されるのが相当である。従つて、原告の慰藉料の請求は、右の限度に於て正当として認容すべく、その余は棄却を免かれない。

五、而して、本件仮処分は、被告等両名の共同申請に係るものであるから、その執行によつて生じた不法行為には被告等の主観的、客観的共同関係が存在し、所謂共同不法行為を構成することが認められ、他に之を動かすべき証拠はない。故に、被告等は原告に対し連帯してその賠償の責に任じなければならない。又、民法第七百九条の「他人の権利」とは、「保護に値する他人の利益」であれば足り、如何なる権利が侵害されたかを一々穿さくする必要がないと解すべきであるから、不法行為上の責任を追求する本件に於て、原告の借地権の性質を、前認定以上に更に究明しなければならなぬ理由は存しない。

六、果して然らば、被告等は原告に対し連帯して、弁護士費用金一万円及び慰藉料金四万円、合計金五万円及び之に対する本訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和三十三年七月十一日より完済に至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務が有るから、原告の本訴請求は右の限度に於て正当として之を認容すべく、その余は失当として之を棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用した上、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 西口権四郎 裁判官 石垣光雄 加藤一隆)

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